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2007年5月25日 (金)

’96「忠臣蔵」!!

ナビでの対談で話題に上ったフジテレビ版の「忠臣蔵」。

耕史さんが17歳の時、大石内蔵助役の北大路さんと共演した作品です。(追記:耕史さんの勘違い?18、9歳の時の作品かと思われ…)

この「忠臣蔵」は良い作品ですよ。DVD化していないのが信じられないです。CSでも放送していないし!配役、脚本(古田 求)、音楽(渡辺俊幸)とかなりの高得点。もう、涙なくしては観られません。ワクワク、ドキドキで血圧も上がります。ただ、吉良上野介の書き方がちょっと嫌かな。(これは’85の日テレ年末時代劇の「忠臣蔵」の方が良かった。)

’03 中村吉右衛門さん、’04 松平健さんが大石内蔵助役の「忠臣蔵」も古田さんの脚本でした。多少変えてあるけど、ここと言う場面はそんなに変えていませんでした。吉右衛門さんの「忠臣蔵~決断の時」では、矢頭右衛門七の見せ場はほぼ同じでした。(1場面減ってたけど。)

配役は以下のとおり

大石内蔵助(北大路欣也) 吉良上野介(平幹二朗) 浅野内匠頭(緒方直人)
大石りく(梶芽衣子) 堀部安兵衛(世良公則) 片岡源五右衛門(本田博太郎)

岡野金右衛門(内野聖陽) 大高源五(平田満) 吉田忠左衛門(神山繁)
武林唯七(三浦浩一) 小野寺十内(大出俊) 堀部弥兵衛(根上淳)

矢頭右衛門七(山本耕史) 赤垣源蔵(勝野洋) 不破数右衛門(渡辺哲)   大石主税(竜 小太郎) 寺坂吉右衛門・ナレーション(寺尾聰) 遥泉院(麻乃佳世)

脇坂淡路守(渡辺謙) 村上喜剣(佐藤B作) 垣見五郎兵衛(藤田まこと)     天野屋利兵衛(丹波哲郎) 土屋主税(中村梅之助) 戸田局(長谷川稀世) 他

北大路さんが耕史さんのことをよく憶えて下さっていたのに感激。年齢や手品のこと、スタジオ内の“居眠り耕史”のことも。(笑)それにしても、刀をおでこに当てた状態で眠るとは(笑) 雑誌「RERAX」で見たような可愛い顔して寝てたら、誰も怒れないですね。例えよだれが垂れていたとしても(笑) それにしても、さすが武士の子。如何なる時も刀を身体から放さないのには感心じゃ。

「今あなたが寝ていたスタジオがある撮影所で時代劇を撮っているから、あそこに行ったらまたあなたのことを思い出すな。」

き、北大路様!これは耕史さんへの言葉なのですが、自分のことのように赤面しつつ喜んでしまいます。北大路さんから発せられる《あなた》という言葉がとても優しくて心地良いから。(番宣でワイドショーに出演されているのを見たので、脳内で音声再生可能。)

「八州廻り 桑山十兵衛」見てます~! これにも梶芽衣子さんが出演されていますが、お二人とも眼光が凄い…w 

さて、耕史さんが人生の中で一番NGを出したという、内蔵助とのシーン。

確かに緊張するでしょうな。  

第4話「城明け渡し」

浅野家改易で城を明け渡さなくてはならなくなった。篭城して戦う、仇討ちだと意見が分かれるが、大石内蔵助は弟・浅野大学を立てて浅野家再興を嘆願する意味も込めて、殉死をすると決める。殉職を覚悟した者達が白装束で大広間の主君の位牌の前に集合する。

(吉田):太夫、そろそろ刻限でござる。殿もさぞかしお待ちかねでござろうゆえ・・・。

(大石):本日お集まりの人数は。

(岡島):はっ。都合56人。先日来、離散するもの多く、中でも次席家老たる大野黒兵殿は・・・

(大石):よい、よい。黒兵衛殿とて何か御都合がおありなのであろう。56人、結構でござる。

ふと、広間の向こうを見ると、見慣れない若者が座っている。

(大石):あの左の末席にから3人目に前髪の御方が見えるが、ちと、これへ。

矢頭右衛門七、前に出てくる。

(大石)どなたの御子息だな?

顔を上げる右衛門七。

(矢頭):亡き矢頭長助の倅、右衛門七にございます。

(大石):おお・・・。あの矢頭殿の。御手前がそうか。父御がこと、この主税より聞き及んでいましたぞ。

(矢頭):その折には御厚情かたじけのうございました。

(大石):御歳は?

(矢頭):16歳にございます。

(大石):16歳・・・御手前、確か母御が御存命のはずだな。

(矢頭):はい

(大石):されば、御身を亡くされては母御が行く末 お困りであろう。忠義を立てて不孝に相成る。既にこの席に居れば殉死致したも同然。御身がことはこの内蔵助、亡き殿にしかと御報告致すから、御身はこの席を下がられよ。

驚いて、思わず前に出る右衛門七

(矢頭):いいえ、私は下がれませぬ。今朝ほど宅を出まする時、母は水杯をしてくれました。慌てた腹の切り方して、若輩者よと笑われるな、立派に自害を遂げて来いと言われましてございます。このまま帰っては母に叱られます。

(大石):それは母上が御存じないのだ。我が藩には、前髪は御供腹が出来ぬという掟がある。御困りならば委細をしたためて内蔵助が母御に文を進ぜよう。

(矢頭):偽りを申されますな!

(大石):偽り?

(矢頭):そのような掟、聞いたことがございませぬ! では・・・では、主税様はどうなのでございますか。

答えに窮する内蔵助

(矢頭):主席家老の御子息は前髪なれど殉死が出来、足軽の小倅は前髪ゆえに殉死が出来ぬと仰せなのでございますか。

複雑な表情の主税

(矢頭):大禄、小禄はその身の運。御主君への忠節に隔てはございますまい。

右衛門七を見つめる内蔵助。

内蔵助を真っ直ぐ見つめる右衛門七。必死の表情。うなずく内蔵助。

(大石):相分かった。それ程の覚悟ならば内蔵助もう何も申すまい。

下がる右衛門七。その後姿を哀しげに見る内蔵助。

この後、内蔵助から今までの行動の真意と、仇討ちの決意が告げられる。

自分もこの大広間にいる者の一人のような気持ちになるこの場面。

こっちも思わず「太夫ーーー!!」 

前髪姿の耕史さんがまた可愛らしいのです。内蔵助ならずとも、不憫で何とかして生かしてやりたいと思ってしまう。

人生で一番NGを出したと言うこのシーン。当時、役者としても、内蔵助と右衛門七ぐらいの差があっただろうから、緊張しないはずがないですね。そういうこともあってか(笑)右衛門七の純粋な若さが出ていて良かったです。

右衛門七はお父さんに武士の心構えを諭されるシーンと、江戸に行く前の母との別れのシーンと・・・もう、もう右衛門七の登場シーンは涙なくしては見られませぬ。赤座美代子さんのお母さんも良かった。最後自害するなんて・・・(TдT) お侍の家は辛いぞ・・・。

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コメント

小ネタをひとつ(^_^)

忠臣蔵で思い出したましたが、四十七士の中の一人、竹林唯七さんは、たしか中国人三世のはずです。

けっこう国際色豊な団体だったんですねえ。

スマスマに出演されたとき 北大路さんは 木村さんとのエピソードを話されてましたが ご自身に お子さんがないので きっとよく見てらっしゃるんでしょう

>le_gitan さん
へぇ~!(笑)そうなんですか。どういう経緯で仕官されることになったのでしょう。技術スタッフ?もっと昔や今ではそんなに珍しくもないことですが、当時としてはどうだったのでしょうね。

右衛門七殿の母上様はドラマでは自害することが殆どですが、実際は大阪の知人のところに妹と共に預けられていたそうですよ。妹のお墓が残っているそうです。女性手形がなかったから関所が通れなかったのですね。
右衛門七殿は女性に見紛う程の美少年だったそうで、思わず頬がゆるんでしまいました。(^-^)v

>じんろくさん
はじめまして! (^ー^)
思わずスマスマを見返してしまいました。(笑)
「本当に良い息子を持って。今はすごくいい思い出が出来たと思っています。」と話されていましたね。
木村さんや、耕史さんぐらいの年齢の俳優さんは息子のように思うこともあるのでしょう。耕史さんの場合、10代で出会っていますしね。
放映中の時代劇の撮影風景レポを見ましたが、出演者、スタッフの皆さんにとても気配りされる方でした。

モスリンさん、はじめまして。
素敵なブログですね。最近よくお邪魔させていただいています。
忠臣蔵ネタに反応して書き込みさせてください(笑)
耕史さんは17歳と思っていらっしゃるようですが、たしか19歳の時です。人生で1番多くNGを出したのは本当らしいです。
「ごきげんよう」に2度目に出た時位に、その話があり、11回NG出したとおっしゃってました。北大路さんには、良かったよ、と褒められたとのこと。
そういう経験を積んで今があるとも発言されていましたよ。
とても印象的なお話でしたのでよく覚えています。

>チップさん
はじめまして!ようこそおいでくださいました。
耕史さん19歳の作品なら納得です。計算が合わないので、撮影から放映までに間があったのかと思いました。(笑)
あの勢揃いの中での11回NGは、相当に厳しい状況ですね。
(^-^;)でも、右衛門七役は本当に良かったです!!
>そういう経験を積んで今がある
耕史さんらしい発言ですね。私達には見えないところでの大失敗(笑)や様々な事を上手に自分の中に取り込んでいるんですね。
「ごきげんよう」は見ていなかったので、耕史さんが他でこのお話されているのを知りませんでした。
良いお話を教えていただきました。ありがとうございました。

竹林さんにかんしては、おじいさんの代に中国から渡ってこられたはずです。お医者様だったという話をどこかで読んだことがありますが、今度きちっと調べてみます。

時代は忠臣蔵の時代と重なりますが、水戸藩にも朱舜水という儒学者が明が滅びた際、亡命者としてきていますから、そのあたりと何か関係があるのかもしれません。水戸の黄門さんは、この人からラーメンをご馳走になったという話がありますが、本当のところは知りません(笑)。

>le_gitanさん
黄門様の食べたラーメンは、醤油味なのか味噌味なのか気になるところですね(笑)多分、スープたっぷりのラーメンではなく、タレを絡めた様な物だったのでしょうね。
黄門様はグルメですね。

竹林さんのおじいさんが、亡命者として日本に来られたっていうのは考えられますね。奈良時代ぐらいまで遡ればかなりの方が亡命で渡って来られているはず。
竹林さんの昔の名前は、林(リン)さんだったりして。
ちなみに、私の中での最強の中国人は、林石隆です(笑)

すみません。
この記事に感動したので、ぼくのブログで紹介させてもらいました。
よろしくお願いします。

>le_gitanさん
紹介ありがとうございます。
「忠臣蔵」「新選組」このダンダラ系時代劇にはどうしても熱くなってしまいます。(笑)

「忠臣蔵」作品は今までに何本も作られているので、ジャズのスタンダード曲の聞き比べみたいな楽しみ方が出来ますね。

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■ 嗚呼! 忠臣蔵  知りあいのブログさんが、忠臣蔵について書いておられた。たいへん面白く、自分でも忠臣蔵について何か書いてみたくなったので、今日は忠臣蔵。  世界の巨匠、溝口健二が忠臣蔵を撮ったことがある... [続きを読む]

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