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2012年9月10日 (月)

【2012.9.2】小渕優子議員が語る、沖縄問題と領土・外交問題【衆議院議員・谷 公一 政経セミナー】

9月2日に兵庫県三田市で開催された
『衆議院議員 谷 公一 政経セミナー』の講師は、小渕優子衆議院議員でした。

麻生政権の時に少子化担当大臣を勤められていたので、少子化問題と雇用問題・景気対策は関係があること、育児環境や教育費、出鱈目な民主党マニフェストの話などをお話くださいました。国会議員の産休にまつわるトリビアとか。それからやはり群馬県選出の議員さんなので、八ツ場ダムの件。建設は前国交大臣が再開としたが、党内でまだ揉めているので止まったままで、無駄に費用がかかっている。地元の方々や関係者も困っているとです。マニフェストに書いてあるからといって、よく現場のことも調べずに話し合いも無いまま無責任にやって皆が迷惑しているという民主党の政治の象徴ですね。

其々分かりやすく楽しくお話くださいましたが、やはりこの日の講演で一番心に残ったのは沖縄に関する話題でした。会場の空気がシーンとなって、胸にぐっと来る重い話ではありますが、機会があれば是非直に聞いていただきたい内容です。

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    (講演の後半の沖縄問題・外交関係の部分を書き起し。聞き取れないところは * * * としています。)

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 私が初当選をしたのは、ちょうど2000年という節目の年でした。早いもので今からもう12年経ちます。ですから私も国会議員をさせていただいて12年経つわけであります。選挙も4回経験をさせていただきました。

そしてあの、今年はですね、ちょうど節目の年でありまして、私の父であります小渕恵三の13回忌の年でもありました。ああ、そんなに時間が経つのかなあと私自身も思うところであります。ちょうど父が亡くなったのはですね、2000年の5月14日でありました。ですから今年の5月14日、東京で偲ぶ会と言うものをさせていただいたんですけれども。ちょうどその翌日です。

5月15日、今年のこの日は沖縄返還から40周年という、そういう形での日でありました。沖縄については、本当に第二の故郷として沖縄を愛して、全力で取り組んできた父にとって沖縄と父の節目が重なってくると言うのは私自身、単なる偶然とは思えないような思いがしました。

小渕恵三と沖縄と言うと皆さん方、はたと思い付くのは沖縄サミット。2000年の沖縄サミットとが行われましたけれども、これを決断したということを覚えていていただいているのではないかと思います。

沖縄にサミットを持ってくると言う事は、当時大変難しいことでありました。安全の問題、まあ、島でサミットをするわけでありますから色んな大臣、色んな大統領が来る中で皆の安全が守れるのかどうか。警察なんかはですね、「絶対に沖縄ではやらないでくれ。」こんなことも言われていた頃でもあります。

そしてもうひとつの大きな問題は沖縄は唯一、日本で戦地になった場所であります。その沖縄においてサミットをやることで果たして、アメリカの大統領が沖縄に足を運ぶだろうかということであります。当時はクリントン大統領であったわけでありますけれども、その辺を父は強い思いを持って色んな形で根回しをし根回しをし、状況を整えて2000年に沖縄でサミットを開催することを決定をしたわけであります。

しかし残念ながら本人は、その開催まで命を繋ぐことはありませんでした。当時沖縄サミットを開催した日本のホストの総理大臣は森(喜朗)総理でありました。

父と沖縄との出会いはですね、もう随分昔に実は遡るんです。父は早稲田大学を卒業したんですけれども、その時に色んな大学の学生さん達で作る、沖縄返還に対しての色んな思いを持った学生さんが作るサークルがあったそうです。そこに父は所属をいたしまして、沖縄返還に向けた活動をし、その時沖縄に行くのにパスポートがいる時代だったわけですね。でも、沖縄に足を運んで、そして、遺骨収集を随分長いことしていたそうです。ですから父はいまだに沖縄の歌が歌えたり沖縄の言葉が良く分かったりするような人でありました。沖縄に通う中で、沖縄の本当の痛みというもの、そして基地を抱えていると言うこと、色々かかえながら沖縄の思いと言うものを色んな形で父は積み上げて行ったんだという風に思います。

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その後、26歳の時に初当選をするんですけども、最初に入った派閥が佐藤栄作先生のところでありました。ご承知のように佐藤栄作先生は総理となって沖縄返還を成し遂げるわけですけれども。そこに入って言われたことは、「これからの政治家は沖縄問題が分からなければ政治家とはいわない。若い政治家はしっかり沖縄に行き今の現状を見て来い」と言われたそうであります。父は生涯を通じて沖縄と関わりながら沖縄問題を解決に向けて本当に色んな形で汗をかいて参りました。

しかし、そんな沖縄に対して思いを持っていた人間は私の父だけではありません。例えば、橋本龍太郎元総理、鹿児島の山中貞則先生、先程鴻池議員のお話にもありましたけれども谷先生のお父様、或いは野中広務先生、また、今みんなの党の党首をやっておられる渡辺(善美)先生のお父様の美智雄先生が身体中が癌に侵されて立ち上がることが出来ない中でも車椅子で沖縄に通っていたと言う話を聞いています。

そういうですね、本当に大勢の皆さんの苦労のもとで沖縄の基地を普天間から戸野古に移設をすると言うことが出来たわけであります。

日米同盟これをですね、より強固なものにしながらも沖縄の人達の声に耳を傾けていく。これはですね、どうあったって本当に難しい答えの出ない* * * なわけです。しかし、沖縄に思いのある国会議員が本当に苦労しながら汗をかいて作り上げてきて、今の沖縄を作り、そして移設問題というものも少しずつ解決をしていた、そういう経緯があるわけであります。

私が議員になってから、これまで父が残した多くの取材先をもっておりますので本当に何度も何度も沖縄には足を運んでいます。   

その中でですね、私とそんなに年の変わらないちょっと上の先輩の方からこういうことを言われたんです。小渕さんは本土の人だから沖縄の人の気持ちというものは、なかなか分からないかもしれないけれど、僕はずうっと生きてきて、ずっと3つのコンプレックスを持ってきたと。ひとつは貧困だと。沖縄は本当に失業率が高くて、まともな就職先というものが無い。両親がどれだけ苦労したかということを本当に痛感しながら生きている。2つ目の問題は学歴だと。いまだに沖縄の教育と言うものは日本全国で最低レベルであります。そういった中で沖縄に生きていくことを教育が足らないと言うことはほんとに大きなコンプレックスだと言っていました。そしてもうひとつ、自分の大きなコンプレックスは沖縄県人だと言うことだと言っていました。でも、あの2000年の沖縄サミットを境に、自分が沖縄で生まれ育ったと言うことを誇りに思えるような、そんな空気が出来てきた。私は本当にあのサミットを超えて、今の沖縄があるということを嬉しく思うし、そしてこれからもどうか国会議員として沖縄問題について真剣に考えて貰いたいと、そのように言われたわけです。

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沖縄問題と言うのは、沖縄だけの問題ではありません。言うまでもありませんけども日本の安全保障を無視できない問題であります。ですから国について40年、返還40年が経ったわけですけれども未だに解決されない基地問題、或い労働格差の問題。これはですね日本国民一人一人が考えてやって行かなければならない、そういう問題ではないかと、そういう風に思っているわけであります。

3年前に政権交代をしました。その時、鳩山総理が誕生しました。

何ひとつこうした経緯も知らない努力も知らない。どういう汗をかいてきたかのか分からない人間が沖縄の地で言いました。「沖縄の基地を県外、国外に移設する。」

この言葉の大きさと言うものは、実は本当に大きかったと思います。アメリカ大統領に鳩山さんは言いました。「トラスト・ミー。私を信用してください。」と。結果はどうなったんでしょうか。この普天間の戸野古移設と言うものは殆どゼロにマイナスに戻ってしまったのです。

大勢の国会議員が大勢の地元の方が色んな思いを持った方々が沖縄について汗をかき努力をしていたことを、粉々にしてしまった。

私は鳩山総理のされたことは万死に値すると本当に思っています。

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先程のお話しの中にもありました。民主党政権になってからロシアの大統領が北方領土に足を運びました。李明博、韓国の大統領も竹島に上陸をしました。尖閣をめぐっての中国の様々な衝突と言うものはずっと続いてきています。私はですね、領土問題、これはですね正直言ってそんな簡単なことではないんですね。今すぐに解決できることではない。確かに世代をまたいで解決して行かないとならない、それだけ息の長い大きな問題ではないかと思います。

しかし、こういう問題を日本だけでなく世界がみな抱えてるんです。しかしそれでも其々の国で上手に頑張ってお付き合いをしながら、こういう問題と言うものは表に出ないような形で其々の国がやっているわけです。これだけ表立った領土問題、ロシアで韓国で中国で。さて、3年前以降にこれ程までに領土問題が突発していたことはあったでしょうか。

確かに自民党政権の時も色んな外交上の問題と言うものはありました。例えば韓国とは歴史教科書の問題なんかがありました。あの時は日韓の友好議員連盟の会長をしていた森総理をはじめとする韓国に明るい議員が韓国に行って、もう本当に徹夜をして何日も徹夜をして向こうの議員と色んな話をして、そして何とかそういったことが政治的に大きな問題に発展しないようにすることで人間関係を構築し色んな形で支えてきた、そういうことをやっています。

例えば小泉総理が靖国神社を参拝をしていた時、中国が色んな形で日本に文句を言ってきました。あの時を私よく覚えています。確か野中広務先生です。当時は唐家璇(とう かせん)外務大臣でありましたけれども、唐家璇のところに行って、「あなた日本語が分かるんだから。そんなに強い言い方をしたら国民からの反感を買いますよ。そういうことではなくて、日中の両国の未来を考えましょう。」そういうことを野中さんは率直に唐家璇さんに言いました。

果たして、民主党政権になってから、そうした人間関係を構築するようなそういう外交と言うものがなされているのでしょうか。私はこの3年間確実に日本の国際社会においての立場と言うものを不安定な状況にしていったのではないかと思います。それがまさに民主党の外交能力の無さ、そしてもうひとつは、先程お話した鳩山元総理の本当に無責任な沖縄問題に関する発言。そして日米関係の揺らぎ、そこにすべてが私は起因しているように思うわけであります。   ・・・ 後略)

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厳しい表情の写真が多かったので笑顔の素敵写真を。すらっと背が高くて小顔で美肌の美人さんでした。小渕総理が発行を決定した2000円札を持って、どや顔で一緒に写真を撮ってくださいました。ありがとうございます。happy02heart04

cherry【護国防衛】7月19日は、二千円札発行記念日!!【使おうZE!】 http://himawari-gumi.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-d29c.html

小渕首相が沖縄でサミットを開催したのは、 世界に対し、「沖縄は日本の一部だ」というメッセージを発信するためだったのです。
(ちなみに、中国共産党も沖縄サミットに招待されましたが、 参加すると「沖縄が日本の一部であること」を認めることになってしまうため、 日本の招待を断っていますw)

そして、2000円札の発行の理由も「沖縄は日本の一部だ」という中国共産党への牽制という訳です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

麻生太郎元総理も テレビ番組で沖縄基地問題に関して発言されています。

tulip【基地移設問題】「新報道2001」の麻生太郎元総理・8【G3無双】
 
    http://himawari-gumi.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-0127.html

●沖縄問題・・・「少なくともこの話の元はやっぱり、混乱させた元は鳩山元総理ご自身で。この方が「万死に値する」と、私、あっちこっちで言ってるんですけれども。」

●外交に必要なものは?・・・「“人間同士の信頼関係。” あの、そんなに外交っていうのは難しい話でも何でも無いんで。国と国なんて言ったって、国なんて所詮、人間が作ってるものですから。その意味では、人間と人間。その国同士のトップの間の人間同士の信頼関係。それが総べて、だと思います。」

 麻生元総理は本人の前でも他の講演会でも、この基地問題とここから来る外交・領土問題で鳩山元総理は万死に値すると発言されています。国会議員の先生なので上品におっしゃってますから代わりに言わせていただきます。
「鳩山、死んで詫びろ!」

・・・・・・・・・ 谷垣 vs 鳩山 党首討論

 この党首討論で、谷垣総裁は「私には腹案がある」という鳩山総理に、期日までに解決出来なかったら退陣か信を問うことを突きつけ、結果、鳩山総理退陣となりました。
谷垣総裁の功績のひとつです。

そして、民主党員が沖縄基地問題でよく使う「13年かかって戸野古の海に一本打てなかった。」という言葉が、この党首討論の時の谷垣総裁の鳩山総理への反論と、上記の小渕議員の言葉から実に不勉強なだけでなく、苦労された先輩達への尊敬や労いもなく、自分達のイデオロギーばっかりで、沖縄の方達のことなんか実は少しも思ってないんだろうっていうのが分かります。

八ツ場ダムの事にも触れられています。

tulip 党首討論(2010.3.31)

pencil [008/008] 174 - 両 - 国家基本政策委員会合同… - 2号
平成22年03月31日 
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_logout.cgi?SESSION=21304

(16分ぐらいから)

○谷垣禎一君 私は、本当にあなたに聞きたいことは、言ったとか言わないとかそういうことじゃないんです。そんな、三月中に解決しようなんて法律に書いていないなんて当たり前のことですよ。私が言っているのはそういうことじゃなくて、いいですか、そのように三月に回答を出したい、まとめたいとおっしゃったのはあなた自身なんですよね。それを、その事実を総理自身が自分のこととして意識しておられるかどうか、こういうことを問うているわけですよ。つまりこれは、総理、あなたの総理としての資質にかかわった質問を私はしているわけです。
 つまり、自分がおっしゃったことを何か他人事のようにおっしゃるその態度、そして人に転嫁していく、あたかも自分は被害者であるかのように振る舞う、こういう態度が見えているわけですよ。
 法律では決まっていない、しかし三月中に方向を出す、こうおっしゃったわけですよね。きょうは三月三十一日です。いつまでにきちっと決めるんですか。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) まず申し上げたいのは、何でこんなに長いこと、本来、普天間の危険性を除去しなければならない、それが先にあったにもかかわらず十三年、十四年かかってしまっているか。それだけ大変難しい仕事を今新政権において果たそうとしているということをぜひ御理解をいただきたい。
 私は、決して自分の責任を他人に転嫁しようなどと全く思っていません。やはり新政権を担っている以上、だから今まで十三年、十四年かかったとしても、これから半年の間にしっかりと新しい普天間の移設先を探しますよ。そのためには、アメリカの皆さんにも、あるいは沖縄を初めとする関係のある県の皆さん方にも御理解をいただかなきゃならない。そのために腹案というものを用意をしています。そう言ったじゃありませんか。私としての今の考え方というものはもう既に用意はしています。
 ただ、それを国民の皆さんにこの地域ですよということを申し上げた途端に、やはりその地域からは、この地域は難しいよ、いろいろなお声をちょうだいすることはわかっていますから、だからこそ、今政府がプロセスの中で考え方を一つに取りまとめていきながら、その工程の中で、アメリカに対しても、あるいはかかわりのある方々にも交渉をこれからしてまいりたいと思っているところでございまして、くどいようですが、その腹案はもう既に用意しているところでございます。

○谷垣禎一君 今、総理のお話を承りまして、いつの間にか腹案になっちゃった、こういう思いで聞きましたよ。三月三十一日というのはいつの間にか消えちゃったんですね。
 それからもう一つ、十三年間何もしなかったかのごときことをおっしゃいましたけれども、我々はきちっと場所も決め、アメリカの同意も取りつけ、そうして地元の方々の同意も取りつけ、抑止力をきちっと守り、そうして沖縄の負担を軽減して、二〇一四年にはもうでき上がるというところまで来ていたんです。
それを、県外だ、国外だというようなことをおっしゃって、そうして沖縄県民の期待をあおり立てて、この抑止力をきちっと守るということと沖縄の負担軽減、この二つを両立できる唯一の解が現行案だったんですよ。それをめちゃくちゃにしちゃったんです。
 私は今、三月三十一日どうするんだということを伺いましたが、もう一つ同じようなことを聞かなきゃならない。こういうことを聞かなきゃならないのは残念ですが、当事者にとっては切実であり、また、どうしてもここではっきりさせなきゃならないんです。
 総理、普天間基地の今腹案があるとおっしゃった。移設先は、沖縄県内ですか、県外ですか、国外ですか。
 これは、総理の発言があっち行ったりこっち行ったりするたびに福島党首が喜んだり悲しんだりされるという次元の問題じゃありませんよ。総理が、あるいは閣内のいろいろな大臣がこのいろいろな地域を挙げられる。そういう候補を挙げるたびに、その地域の方々が驚く、あるいは悩む、怒る、こういうことがあるんですね。
 総理、二十八日に徳之島で反対集会がありました。どれだけの方がお集まりになったのか、総理は御存じでしょうか。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) まず、谷垣総裁には申し上げたいけれども、
十三年かかって、現行案でほぼ決まりかけていたとおっしゃるけれども、辺野古の海にくい一つ打てなかったじゃありませんか。
すなわち、まだ何も、決まったと言いながら、地元の皆様方、本当の意味での同意というものが取りつけられていなかったために、私どもは、新政権になって、これでは無理だ、現行案では現実可能ではない案であるということがわかったものだから、だから、半年時間をいただく中で新しい移設先というものを、多くの国民の皆さん、県民の皆さんの御努力をいただきながらつくろうとして努力をしている最中でございます。
 だから、今、幾ら谷垣総裁といえども、私にそれが県内であるとか県外であると言われても、お答えはできない。
 先ほどから申し上げているように、腹案はあるけれども、それを表に出した瞬間に、徳之島でもそうでした、大変な反対運動が今起きているのは私はわかっています。四千二百名といわゆる主催者は発表されています。その現実の数字も大体は理解をしているところであります。やはり、反対をされる方は当然多くなると思います。
 それだけに、このような問題をしっかりと解決をさせていくためには、もっと水面下での交渉も含めて、腹案を国民の皆さんに大っぴらにすることはまだまだできない時期であるということも、どうぞそのところは、谷垣総裁にも当然のことながら御理解をいただけると思っています。

○谷垣禎一君 くい一つ打てなかったじゃないかとおっしゃいますが、環境アセスメントが終わらなきゃできませんよ。これは環境アセスメントがもう終わるところだったんですよ。何をおっしゃいますか。全くそこの事実認識がゆがんでいますよ。
 それで、今どこにするかは答えられないと、こうおっしゃいましたね。それでは、いつになったら明らかにできるんでしょうか。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) 当然のことでありますが、五月末までに私どもとしては普天間の移設先というものを国民の皆さんにもアメリカにも理解していただく中で決めるわけでありますから、それのある程度前までには当然決めなければなりませんし、したがいまして公表をすることになりますが、今はまだ腹案を持って交渉のプロセスに入っていく段階でありますだけに、国民の皆さんに、恐縮でありますが、いましばらくお待ちをいただかなければなりますまい。それだけは申し上げておきます。

○谷垣禎一君 総理は今話す時期ではないとおっしゃった。そうしましたら、話せる時期になったときは、その具体的な場所に総理御自身がいらっしゃって、住民とひざを交えて、そしてきちっと説得をされる、説明をされる、対話をされる、そういう御用意はおありですか。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) 当然、私自身、ある時期においては地元の皆様方のところにお邪魔を申し上げて、こういうことになります、国民の皆様方の平和を維持するためにどうぞ御理解を願いたいと、住民の皆様方と真剣に、真摯に対話を申し上げたいと思っています。言うまでもありません、そのことが必要だ。
 ただ、なかなか今までの時の総理は必ずしもそういうことをなさってこられなかったことも事実かもしれませんが、私としては、とことんそういった議論を地元の皆様方とも行ってまいりたいと思います。当然のことでございます。

○谷垣禎一君 鳩山さん、今あなたがおっしゃったことは事実誤認も甚だしい。
我が党の総理は、小渕さんも橋本さんも、そして森さんも小泉さんも、みんな現地に足を運んで車座の対話をしているんですよ。そんな事実誤認をこの場でおっしゃっていただいては困ります。
 それで、今おっしゃったことは、必ず案をまとめる前に地元の了解を得る、こういうふうにおっしゃったと理解してよろしいですか。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) 私が申し上げたかったのは、車座の対話集会のようなことをやりなさいということでありますから、そのようなことを今までの総理がどこまでなさったかということで申し上げたわけでございます。当然、私としても真摯に行動を申し上げたいと思っております。
 恐縮ですが、もう一度御質問いただけますか。

○谷垣禎一君 現地の了解をきちっと最後は取りつけるということをなさるんですね。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) 当然、現地の了解なくしてその案を進める、理解をしていただくということになりませんから、当然のことながら、現地の了解は取りつけなければなりません。そのためには、当然のことながら、自分としても全力を傾注することをお約束いたします。

○谷垣禎一君 私がわざわざ今のようなことをお聞きしたのは、総理は施政方針演説で命を守りたいということを強調されました。しかし、普天間のこの迷走の経緯を見ますと、総理は、現に生きている方、地域で暮らしている方々、そういう人たちへの思いや温かさというものが乏しいんじゃないか、私はこう思っているんです。机上でプランを立てて、閣内をまとめて、そしてアメリカの合意を取りつければ済むと考えておられるんじゃないか。そうすると、三月だ五月だ、こういうことでいろいろな発言が簡単に出てくるんじゃないかと私は思うんですね。
しかし、現実に生きている人、現実の人の人生は机上のプランじゃありません。
 御党は八ツ場ダムを中止されましたね。八ツ場ダム、これは中止で喜んだ人もいるかもしれません。しかし、新しいダムで生活を立てようと考えていた人たちはその道を奪われてしまった。しかし、あなたの内閣から、あるいは民主党からこういった方々への思いやり、温かい言葉、そういう言葉を私は聞いたことがありません。
 現実に暮らしている方たちの触れ合いや信頼なしにこの普天間移設問題の解決はあり得ないと私は思うから申し上げたわけです。
 それで、今、現地の方々の了解は必ずとる、こういうことをおっしゃいました。それは結構です。
 もう一つ伺いたいことは、やはりこの移設の問題を考えるときは、私は四つほどポイントがあると思うんです。
 一つは抑止力の維持ということであります。日本には六千ぐらい離島があります。日本の海自や海保だけではここを十分に守ることができません。やはり米軍の存在というのは非常に大きい。この点からも抑止力は重要だと思います。それから二番目、沖縄の負担軽減ですね。それから三番目、これは普天間の基地の危険をどう除去するかです。それから四つ目は、こういうことを達成していくためにはなかなか大きな国民負担が要る。これも事実であります。
 以上四つの要件を、今総理がお考えになっている、腹案を持っておられるとおっしゃいました、その腹案は今までの現行案よりも、この四つを総合して見たときに、はるかにすぐれている案だということは自信を持っておっしゃれるでしょうか。特に、二〇一四年までに普天間の危険を軽減する、このことはきちっとおやりになれるんでしょうか。お答えください。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) 今、谷垣総裁の方から、抑止力、さらには沖縄の負担軽減、また普天間の危険性の除去、さらには国民負担という話がありました。
 まず申し上げたいのは、この普天間の危険性の除去というものが本来真っ先に果たされなければならなかったのに、なぜ十三年間もそのことが進められなかったのか。本来ならば、これはもっと早く危険性の除去、あの少女のレイプ事件が起きた後もっと早く、一年でも二年でも早くできたはずなのに、新しい移設先が見出されなければ何もできなかった、今でも危険性の除去が何も進んでいないというところが大変大きな問題なんじゃないんでしょうか。
 だから私たちは、この問題をまず真っ先に本来ならば解決をしなければならない、そのようにも思っておりますし、国民の皆さんに御負担を求めることも大事な話だと思ってきょうも申し上げたところでございます。
 トータルとして申し上げれば、沖縄の負担の軽減も含めて、また抑止力の問題も含めて、今私が腹案として持っているものは、現行案と少なくとも同等かあるいはそれ以上に効果のある、すなわちお認めをいただける案だと自信を持っているところでございます。
 さらに、二〇一四年までにすべてこれを終了させるかどうかということになると、まずは普天間の危険性の除去という話を先ほどその一つに挙げておられたわけでありますから、普天間の危険性の除去というものに関しては、当然のことながら二〇一四年よりおくれることはできない、そのように思っておりますので、その前に解決を申し上げたいと思っています。

○谷垣禎一君 二〇一四年までに普天間の危険を除去するということをおっしゃったわけですね。
 では、最後に伺います。
 総理は施政方針演説の中で、五月までにこの問題、きちっと決着をつけたいということをおっしゃいました。五月末日までに何をなさるんでしょうか。日本政府としての案をしっかり固める、現地にしっかり了解を得る、そして米国の同意を得る、この三つを五月末日までにおやりになる、こういうことと理解してよろしいですか。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) 私は、五月末までに、今、谷垣総裁からお話がありましたように、まず当然のことながら、政府の案というものはそれまでにしっかりとつくっておかなきゃなりませんから、今連立与党でありますが、連立政権としての考え方としてそれをアメリカに提示して理解を求め、そして当然のことながら、これは沖縄とは必ずしも限りませんが、この新しい移設先に対しても理解を求める、そして、結果として政府案としてその案を認めていただくというプロセスにしてまいります。それが五月末までに私が果たすべき役割だ、そのように考えております。

○谷垣禎一君 今、総理が五月末までにこれこれをやるとおっしゃった。おできにならなかったらどうなさいますか。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) これからアメリカに対しても強く交渉をしてまいる立場の人間として、できなかったらどうするなどという弱い発想を持ち合わせたら、交渉にも何もなりません。これは当然のことながら、命がけでこの問題に対して体当たりで行動してまいります。そして必ず成果を上げてまいりますので、どうぞ国民の皆様方にも政府を御信頼いただきたい、そのように考えております。

○会長(大畠章宏君) 申し合わせの時間が来ておりますので、簡潔にお願いいたします。

○谷垣禎一君 もし五月にそれがおできにならなかったら、これは日米間の信頼も決定的に損ないます。そしてまた、沖縄の住民初めいろいろな方々の心をもてあそんで、政治と国民の信頼関係も裏切ったことになります。
そのときには総理は退陣なさらなければいけません。退陣なさらないのであれば、信を問わなきゃなりません。私どもは受けて立ちます。そのお覚悟と承りました。

○会長(大畠章宏君) 申し合わせの時間が来ておりますので、簡潔にお願いいたします。

○内閣総理大臣(鳩山由紀夫君) 私として、当然のことながら、全力を挙げてこの問題の解決に努力をしてまいります。ぜひその成果を国民の皆様方にお認めをいただきますように頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)

○谷垣禎一君 終わります。(拍手)

・・・・・・・ 腹案は出任せでした。 2010年 6月2日 鳩山由紀夫総理 退陣。 ・・・・・・・・・

こういう出鱈目な、出来もしないようなことをさも出来るように言って騙すような政治じゃなくて、

この国のことを考えて、国民のことを考えて、真面目で、時としては言い辛い本当のことを言う、正直な政治を私はやってもらいたい。

そう言うことが出来る政治家にこの国を託したい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

TVや新聞のニュースを丸ごと信じていませんか?
生活直結の議論は国会で行われている! 

国会を見よう! そして、「政党の総合力」を判断しよう!

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