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2014年1月に作成された記事

2014年1月 8日 (水)

たかじんさん、お疲れ様でした。ありがとう。

昨夜、やしきたかじんさん死去のニュースが報じられました。

3日に亡くなられていたそうです。

今日の在阪局は朝からテレビもラジオも たかじんさん追悼です。

共演者の皆さんが目を潤ませながら語る、たかじん話に泣き笑いです。

〝浪花の視聴率男〟やしきたかじんさん死去 食道がんで休養中

 歌手やテレビ司会者として人気のタレント、やしきたかじん(本名・家鋪隆仁=やしき・たかじん)さんが3日、死去した。64歳。葬儀は近親者で行った。昨年3月、食道がんの治療に伴う休養から1年2カ月ぶりに復帰したが、その後再び体調不良を理由に休養していた。

「橋下知事」生みの親

 やしきさんは、京都を拠点にシンガーソングライターとして活動を開始し、昭和51年に「ゆめいらんかね」などで本格デビュー。59年の「あんた」、61年の「やっぱ好きやねん」がヒット、脚光を浴びた。

 また、機転の速さと歯に衣きせぬ発言からテレビやラジオ番組で活躍。出演番組はいずれも注目が高くなることから〝浪花の視聴率男〟の異名をとった。現在も関西テレビ系「たかじん胸いっぱい」、読売テレビ系「たかじんのそこまで言って委員会」、テレビ大阪系「たかじんNOマネー」のレギュラー番組を持つ。

 一方で、民間団体「OSAKAあかるクラブ」の理事長として大阪復権へ向けた支援活動に携わったほか、テレビ番組への出演を通じて親交があった橋下徹大阪市長の政界進出を後押ししたことでも知られた。

 やしきさんは、平成24年1月に食道がんと診断を受け、同月末からすべての芸能活動を休止。4月に内視鏡手術を受けた後、昨年3月に芸能活動を再開したが、5月に体調不良を訴え、再び休養し治療にあたっていた。(2014.1.7 22:51)

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140107/waf14010722560038-n1.htm

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歌声は甘く切なく、トークは過激…新地に轟く“武勇伝”、“関西ダンディズム”の象徴だった

 一度は東京へ進出しながら挫折した経緯などから、「東京の番組には二度と出ない」と豪語。自身の出演番組は東京へネットさせない徹底ぶりで、東京への対抗意識をあからさまにする「大阪人」のキャラクターは際立っていた。(抜粋)
 
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140108/wlf14010800010000-n1.htm

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  (「たかじんのそこまで言って委員会」ネット放送地域)

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やしきたかじんさん死去…視聴者の心つかんだ「毒舌と優しさ」

 色付きの眼鏡からのぞく鋭い眼光。声を荒らげて政治家や著名人にかみつくことも。3日未明、死去したやしきたかじんさん(享年64)は、人当たりの良い従来の司会者像を覆す歯にきぬ着せぬ語り口を武器に、視聴者の怒りや不安を代弁する型破りなスタイルで人気を集めた。その一方、全日本有線放送大賞で特別賞など受賞した際、「レコードメーカーの担当者のおかげ」と言って賞金をそっくり担当者に渡すほど優しさも持ち合わせていた。
  (中略)
 ライブでは過剰な演出はせずマイク1本で全身全霊で歌うのがたかじんさんのスタイルだった。ひたむきなその姿に純粋さがにじみ出ていた。優しい性格でも知られ、全日本有線放送大賞で受賞した際、賞金をそっくりレコード会社の担当者に渡したことも。ライブ前になると客を大切にする気持ちから自分を追い込むことが多く、極度の緊張から自律神経失調症や急性胃腸炎を発症。こうしたことが続いたため体力的な限界を感じ50歳を機に歌手休業を宣言した。

 「やっぱ好きやねん」など女性の繊細な心を描いた持ち歌のように、情や義理に厚かったと仕事仲間は口をそろえる。番組でわざと悪態をついたり、若い女性ゲストに照れたりする姿は「いたずらっ子」のようにも見え、多くの人がテレビ界の“風雲児”を愛した。
    ttp://www.sanspo.com/geino/news/20140108/oth14010805080013-n1.html

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第一報が出た時にテレビを付けていなかったので、夜中に偶々流れてきたツイートに只々驚いて残念で悲しかった。

私はずっと関西なので、深夜ラジオに始まって昼の帯番組、ラジオ・・・“たかじんの・・・”とつく冠番組は殆ど見ていました。(テレビ大阪のNOマネーは残念ながらあまり見られなかったけど。)

最初はヤングタウンという深夜ラジオで時々出ているのを聞いて、面白いなあと思い、流れてくる歌声で好きになってレギュラーになって毎週楽しみに聞いていました。ラジオ番組内でも、見た目や喋り声と歌声とのギャップから、“シンガーソングやくざ”“鈴虫の声を持つゴキブリ”だの散々突っ込まれていましたっけ。1981年機動戦士ガンダムの主題歌「砂の十字架」を歌うことになった時、アニメ雑誌に無名の新人扱いされていたのを本を観ながら級友と爆笑してたのは良い思い出です。

読売テレビの「たかじんのばぁ~」は深夜なのに毎週楽しみに見てました。

後に番組タイトルになった「たかじん胸いっぱい」という本も人情一杯の青春物語で良かった。

色んなエピソードがあって、本当に面白い男やった。

たかじんの番組は後のバラエティや情報番組に影響を与えたのは間違いないです。与えた影響は功罪両方ありますが、これは受け手側の問題でもあるので・・・。そういった意味では、もう、たかじんみたいな強烈なキャラのタレントであり歌手である人物は出ないだろうなと思う。

写真は、たかじんのコンサートに行った時、誘った友人が たかじんの歌に感激してチケット取りのお礼にタオルハンカチを買ってくれた。10年以上前のものなんだけど、今も使わずに大切に持ってる。(写真右。左は50歳記念コンサートのDVD)

コンサートは神戸と大阪で合計3回行けた。チケット取れたのは幸運でしたね。2階席や後ろの方だったけど十分満足できたし行けて良かった。初めて行った時、2~3曲歌っては15分ぐらいずーっと喋ってて、ひょっとしてもう歌はないのでは?と心配になったものでした。(笑)きちんとオチがあって大笑いさせて歌に入って泣かせるんですよね。

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スカパーの歌謡曲のチャンネルで、50歳のコンサートの時の映像を放送してたんですよ。それが1月3日・・・。

偶然とはいえ、泣かせるね・・・。

たかじんさん追悼で、ツイッターなどでも皆さんそれぞれ好きな歌を挙げていらっしゃいますね。「やっぱ好きやねん」「あんた」「明日になれば」「なめとんか」などなど・・・。

どの歌も大好きだけど、ここは泣き笑いですが陽気におくりたいです。。。

♪ 晴れ ときどき たかじん

たかじん、今まで素敵な歌声を聞かせてくれてありがとう。

テレビやラジオで楽しませてくれてありがとう。

お疲れ様でした。

新聞も何社も買って来たんだけど、しばらくは読むのが辛いなあ・・・。

2014年1月 1日 (水)

2014年!

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2014年

あけましておめでとうございます。

良い一年になりますように。

今年は午年・・・ウマウマwww

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